目指したのは機能とデザインが乗り手に与える高揚感

2017 . 07 . 31 / Mon

PEOPLE

日欧でデザイン賞をW 受賞! クボタの畑作用トラクタ『M7 』のデザイナーに聞く 目指したのは機能とデザインが乗り手に与える高揚感

文・写真=クボタプレス編集部

2016年度にグッドデザイン賞、そして2017年度に日本の農機メーカーとして初めて、ドイツのiFデザインアワードを受賞した、クボタの畑作用トラクタ『M7』シリーズ(以下、M7)。日本とヨーロッパの権威あるデザイン賞をダブル受賞するという快挙を成し遂げました。

■グッドデザイン賞とは
1957年に創設された、公益財団法人日本デザイン振興会が主催する日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨の仕組み。有形無形を問わず、対象はデザインのあらゆる領域にわたり、その裏側のプロセス、思想、意義など、様々な面を考慮して総合的に審査される。

■iFデザインアワードとは
ドイツのデザイン団体「iF International Forum Design」がハノーバーを拠点として主催。工業デザインを対象に毎年世界の優れたデザインを表彰する。1953年に創設され、現在ではIDEA賞、レッドドット・デザイン賞と並ぶ世界3大デザイン賞のひとつとも言われる。

農機におけるデザインとは何か。そして、新しい大型畑作用トラクタにどのような狙いや思いをこめて形にし、最終的にダブル受賞に至ったのか――。M7のデザインを手掛けた、クボタ研究開発本部デザインセンターの東川嘉孝さんと串田吉広さんに、開発の経緯をお聞きしました。

世界中の農業に対応するための畑作用トラクタ開発へ

まず、M7シリーズは「畑作用」トラクタと銘打ってあります。そもそも稲作用との違いはどこにあるのでしょうか。

クボタはこれまで、おもに国内の水田に特化した、稲作用トラクタを開発してきました。水田の用途では、泥に沈み込みにくく、小回りがききやすいことを求められるため、軽量でコンパクトであることを追求してきました。それらのトラクタでも、もちろん畑作での作業も可能です。しかし、クボタが“グローバル・メジャー・ブランド”を目指し、世界の食料問題を解決するためには、耕作面積が稲作の4倍といわれる欧米を中心とする、広大な畑での作業に適した畑作向け大型トラクタが欠かせませんでした。

そのような背景から、日本の農機メーカー初となる170馬力の畑作用トラクタ、M7シリーズの開発が決まり、2012年から、デザインセンターの東川さんと串田さんは、その開発に携わることになりました。

クボタの大型畑作用トラクタ『M7』シリーズ

M7のデザインコンセプトは、「多彩な機能をシンプル操作で快適に。“所有する喜び”と“はかどる農作業”を」。デザインと聞くと、カッコイイ見た目を創るってこと? とつい思いがちです。ところが、「農機やトラクタのデザインは、単純に見た目がカッコよければ良いというものとは、ちょっと違います」と串田さん。

「農機は働く車。走るだけでなく、実際に農業の現場で必要とされる機能や、使う人の操作のしやすさ・快適さがより求められます。つまり、現場の作業全体を考えた大きな意味でのデザインを踏まえたうえ、どう魅力的でカッコイイ外観と両立させるか。そこが農機のデザインに求められるんです」(串田さん)。

クボタ 研究開発本部
デザインセンター
デザインチーム 第一グループ
串田吉広さん

そのようなニーズとコンセプトのもとに完成されたM7。目の前で見ると、そのサイズ感からして、圧倒的なド迫力。ちょっと引いた位置から全体を俯瞰して眺めれば、重いインプルメント(トラクタがけん引する作業機械)もガンガン引っ張り、涼しい顔でヘビーな畑作をこなしてくれる期待大の精悍なエクステリア。なかでも特にこだわったのは、M7の“顔”となるボンネット部分のデザインだったと串田さんは言います。

クボタらしい“顔”をミリ単位でデザイン

「トラクタのデザインにおいて、クボタらしさやブランドの考え方をどう作っていくかが、M7開発テーマのひとつでした。M7は、クボタトラクタのフラッグシップという位置づけなので、最上位クラスの風格や、それを基軸にしたクボタらしさを築き上げて、パッと見たときに、エンブレムがなくてもクボタと分かるような存在にしたい……。ただ、たとえば、ライトのデザインを少し変えれば光の向きも変わりますが、それで農作業の際に不便となるような意匠ではダメ。そのあたりは、ミリ単位の位置変更を行いながら、かなり試行錯誤を重ねました」(串田さん)。

自動車と同じようにクレイモデルを作り、細やかなデザインの調整が行われた

ボンネット部分では、ほかにも前方視界性やタイヤの切れ角を確保するためのボンネットサイズ変更、エンジンの吸気グリルの大きさ調整、作り方や素材の変更などによって、デザイン設計を最初からやり直さなくてはいけないことも、しばしばありました。M7に求められる“はかどる農作業”の機能性を担保しつつ、デザインの質を高めていくことは、苦労の連続だったそうです。

「最近は精度が高く使いやすい3Dソフトなども出てきているものの、開発初期段階で1/5スケールのモックアップ(試作模型)を作成しても、大きさの体感レベルが全然違うんです。結果的に、ボンネットの1/1の実物大サイズのモックアップも作り、造形の詳細検討を行いました」(東川さん)。

クボタ 研究開発本部
デザインセンター
デザインチーム長 兼 第一グループ長
東川嘉孝さん

「面の張りであったり、コーナーのカーブの具合だったり、そこから感じられるソリッド感などは、ある程度予測がつきます。でも、『こういうラインを表現したい』というイメージを別スケールで作っていたとしても、実際のM7はボンネットが地面からかなり高い位置に来るので、それが全然リアルに感じられないということも起こり得ます。だから、1/5スケールの模型を見るときは、自分自身が1/5の大きさになった感覚にならないとダメで……。それがなかなか難しくて(笑)」(串田さん)。

試行錯誤を重ねただけに、完成したときの愛着もひとしお。クボタトラクタの“顔”となる力強いフロントフェイス、堅牢性、前進感を感じさせるサイドラインとワークランプへの流れには、2人のこだわりがあふれています。

見た目や機能だけではない、長時間の作業もはかどる「居住性・操作性」

そして、非常に重要なのが、M7に乗り込んだ作業者が“はかどる農作業”を実現できること。そのために2人がもっとも心を砕いたのが、運転席での「視界性と操作感のデザイン」でした。

「M7は、前から横・斜め後ろと、すべての方向にインプルメントがつくので、何よりも視界性が重要。実際に農場でトラクタに乗って、作業風景を見させてもらいました。
もうひとつのポイントは、視界性に伴った操作感です。大型トラクタで農業をされる方は、丸一日乗っていることも多い。『明日は天気が悪いから今日中に終わらせよう』となったら、夜になってもライトを使って作業をするので、すごく疲れます。そんな状況を考えると、腕をスッと置けて、しかも長時間運転していても疲れないように、アームレストの高さとレバーの配置・位置関係が無理なく設計されていることが、とても重要です」(串田さん)。

M7には長時間の作業が快適に過ごせるよう、コックピット内にエアコンやラジオも設置されている

「また、大型トラクタになるほど求められる作業が多岐にわたり、多機能かつ操作が複雑になる傾向があります。そこで、コックピットのどのボタンを優先させるかも考慮しました。他社には、ありとあらゆるボタンをコックピットに置いているトラクタもありますが、我々は『多機能だからボタンがいっぱいある』ではなく、『多機能だけど思ったところにボタンがある』という考え方。さまざまな機能を手元でシンプルに操作できる点にこだわりました」(串田さん)。

そのM7の運転席に、編集部も一度試乗したことがあります。運転席に座った瞬間の高揚感は、いまだに忘れられません。高い位置から四方がぐるっと見渡せる、広々とした視界。そして、メカニカルであるにもかかわらず、スマートフォンのように直感で理解・操作できそうなイメージのコックピットレイアウト。そのどちらも、普通の乗用車では味わえない感覚ばかりでした。

「M7を使われる作業者は、相当長い時間乗ることも想定されるので、奇をてらったような作りにはしたくありませんでした。家でも、あまり奇抜な部屋にいると落ち着かないですよね? だから落ち着く空間・疲れない空間を目指したんです。でも、それと同時に、凄いトラクタに乗っているんだぞ! と思わず自慢したくなるようなワクワク感や非日常感も提供したいと考えました」(東川さん)。

広大な農地での長時間の作業でも疲れにくい操作感や作業空間、視界は特に配慮してデザインされた

半歩先の、社会に役立つプロダクトをデザインする楽しさ

かつて東川さんは、製品の機能とデザインの両立に熱意を注ぎ込むなかで、自身のデザインした製品がユーザーに十分な価値を提供できているか、心配になった時期もあったと振り返ります。

「現在では、製品開発の際に、エンジニアと共に私たちデザイナーも現地を訪ね、実際のユーザーと話せる機会があります。それまでは、デザインに関してユーザーから直接話を聞く機会はなかなかなかったため、自分たちのデザインがどう受け入れられているか分からず、不安に思うときもありましたね」(東川さん)。

変化が訪れたのは、ここ10年ほど。長年海外同行を希望し手を挙げていた東川さんの想いが通じ、海外のディーラーミーティングへ参加することになりました。その際、デザイナーが来たと分かった途端、ディーラーの方々が、ユーザーやディーラー自身がいかにデザインを重視するかを熱く語り始めたといいます。

「実際に現場に出てみて、ディーラーやユーザーと自ら話をすることの大切さを本当に実感しています。国内でも実際に農家の方々とお会いするなか、『どうせ買うならカッコイイのがよい。どんどんカッコよく、使いやすくしてくれ』との声に、農機としての性能だけでなく、デザインもこれまで以上にがんばらなければ、と気合が入ります」(東川さん)。

インプルメントを変えることで、様々な作業に対応することができる

「現場の声を得て、より質を高めたデザインを極めたM7。発売後に欧州での高い評価を直に聞いたり、ドイツの『iFデザインアワード』を受賞したことで、方向性は間違っていなかったと思っています。欧州で選ばれる日本のクボタをより多くの方に使っていただきたいですし、今後もお話をもっとダイレクトに聞きたいですね」(串田さん)。

かくして欧州はもとより、世界に向けて農機の新たなデザインをM7シリーズで示したクボタデザインセンターの部署内では、半歩先、またずっと先のユーザビリティやデザインについて、さまざまな試みが日々行われています。たとえば、VR(バーチャルリアリティ)技術を導入したシミュレーターも、そのひとつ。農業の担い手が家のソファに座り、VRで農場の様子を見ながら、無人のリモコン農機で農作業を進める……。そういった“未来のワクワクする農業”を研究できる風土が大切だと東川さんは言います。

「当デザインセンターは、農機や建機だけでなく、野山を駆け回るユーティリティビークルといった乗り物のほか、街なかで見かけるものなら自動販売機や空気清浄機、水インフラならプラント設備の操作パネルなど、多岐にわたるデザインを手掛けています。これだけ幅広いデザインについて考えられる総合メーカーは珍しいですし、クボタの事業の特性上、製品を通じて社会に貢献できる側面が強い。そこにデザイナーとして携われるのは、本当に幸せなことです」(東川さん)。

「自分の手掛けたプロダクトを見た人・使った人が驚き、感動する様子を目にする。その瞬間ほどうれしいことはないですね」という東川さんに、串田さんが付け加えます。

「入社して間もない頃は、トラクタやコンバインといった働くクルマをデザインするって、なんて難しいんだ…… と痛感することの連続だったんですよ。当時は上司や先輩に『それじゃ前が見えない!』『これでは使いづらい』とよく指摘されて、さらには『そもそもカッコよくない』とか(笑)。でも、お客様の現場で機械を運転させてもらったり、話を聞いたりしながら、最終的に完成したときの達成感はものすごいですし、クボタならではだなと。M7にも体感したとおり、農業は土地によって土壌も気候も作物も全く異なるので、現場に行かなければ、モノづくりができません。これからも現地に赴いてユーザーになり切り、機能を追求しながら、クボタらしいデザインを行うことで、お客様にワクワクを伝えられたらなと願っています」。

いま現場でリアルに求められている機能性に加え、未来へのビジョンやテクノロジーを織り込みつつ、その仕事に携わる人たちの誇りや憧れまでも形にしていく、クボタのデザイン。M7に続いて、デザインセンターが送り出す新しいクボタのプロダクトは一体どんなものなのか、今から楽しみです。

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